ウォレス・ティン|メモワール

採花大盗
花を採る大泥棒。(英語ではbutterfly gangstarと訳されています。)
ウォレスのオリジナル作品には、必ずこの落款印が押されています。
落款印とは自己が真実を尽くした証明となり作品をも引き立てるサインの代わりとなるものです。
この採花大盗ほど、あのウォレスを表現するにぴったりの名はありません。正に言い得て妙。
本当にそんな風に人生を送った、アジアの巨匠の一人でした。

1929年
上海近郊で生まれる
1946年
香港に移住
1950年
パリへ
1958年
ニューヨークへ

そして様々なアーテイストとの知己を得、非常なパワフルな活動を開始しました。
ウォーホール、サム・フランシス、時代の最先端を行く鮮烈な仲間達と交流しました。
サム・フランシスと出版した『1cent life』は今でも語り草になっている詩集です。

その後、約20年住んでいたニューヨークを離れ、アムステルダムに移住します。ブラジルにもよく釣りに出かけていて、YOUNG&BEAUTIFLなガールフレンドが沢山いたそうです。

女性と花と猫と自由、その4つがウォレスの人生での最も重要な要素でした。

美術画廊ギャルリ・ムスタシュは1989年にウォレスの版元でお世話役だったムッシュ・イブ・リビエール氏から日本での専属代理画廊としての承認を受け、ウォレスの原画は勿論版画ポスターなどのお取り扱いをさせて頂いて参りました。
1990年にはウォレス本人も来阪し、ムスタシュでの初めての個展を開催いたしました。
関西テレビの朝のワイドショーに出演したりもしました。

ピンクのロウシルクのスーツで伊丹空港の到着出口に現れたときには、その色彩感覚に息を呑みました。
それから1週間大阪に滞在し、個展の合間にあちこちに旅をし、ウォレスの奔放さと愉快さに唖然とし忘れられない思い出が沢山できました。

ヌードではありませんが、ウォレスの絵のモデルもしました。
その絵は、アムステルダムに戻ったあと、A4大の紙に謝謝!と大きく書いただけのレターとともに送られてきました。

ウォレスの作品は、グッゲンハイム美術館、ニューヨーク近代美術館、ロンドンのテイト・ギャラリー、アムステルダム近代美術館などにパーマネントコレクションとして収蔵されています。
毎年、どこかの大きな美術館で、必ずウォレスの個展があります。
サザビーズやクリステイズなどのオークションなどにもよく出品されています。

健啖家で豪快なウォレスが脳血栓で倒れたのは2002年のこと。
そして、2010年5月に享年80歳で永眠したというメールが来たときは、なんとも言えない衝撃でした。

合掌